函館地方裁判所 昭和30年(タ)11号 判決 1956年7月24日
主文
昭和二十九年十一月五日付北海道亀田郡尻岸内村長宛届出に係る原被告間の協議離婚の無効であることを確認する。
原告と被告とを離婚する。
被告は原告に対して金八万円を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(省略)
理由
一、原・被告間の婚姻の経緯
公文書であつて真正に成立したことの認めらられる甲第三号証の一、二によれば、原告と被告とが昭和二十六年三月九日婚姻の届出をし昭和二十九年十一月五日協議離婚の届出によつて離婚し原告が復籍していることが認められる。
証人柳本秀之助、同山内福太郎の各証言、原告本人柳本とみ子、被告本人山内福三各尋問の結果を綜合すれば、原告と被告とは昭和二十六年一月結婚式を挙げ爾来昭和二十九年十月十三日原告が被告の同意を得て函館市所在の佐々木産婦人科病院に入院するに至るまで当時の被告の住所であつた、被告の肩書本籍において被告の家族と共に同居していたこと。原告は被告と同居中被告方の家事及び家業である漁業農耕等に従事してはいたものの時々腹痛のため被告方で就床したり原告の実家に帰つて静養したり或は戸井村所在の金沢病院に入院する等のためその従事する家事家業から離れて療養に日を過ごすこともあつたけれども、之がために原被告間及び原告と被告の家族との間に特に精神生活上円満を欠くということもなかつたが、昭和二十九年九月十三日、原告がその腹痛の原因である子宮後屈症の為前記の如く入院したことから、被告の父福太郎は被告方の家業の関係上、稍々病弱な原告と被告とを離婚させようと考え、被告に対してこれをすすめたところ、被告も原告と離婚することも己むを得ないと考え、父の意見に同意したこと、原告は同年十月十日佐々木病院を退院したが、猶暫く実家で静養するようとの医師のすすめもあつたので、直に被告方に戻らず原告の実家で静養することとしたので、原告の父秀之助が、原告の退院した二、三日後その旨を被告方に伝えに赳いたところ被告の父が、原告の病弱を理由としてこの際被告と原告とを離婚させたく、若し原告が承諾するならば、被告方にある原告所有の物品を引取りに来てほしい旨申し入れたこと、翌日原告と原告の父及び妹が、被告方に赳いて原告の物品を原告方に持ち帰つたこと、被告は被告の父が原告の父に対して前記の申し入れをした際及び、原告等が物品を持ち帰つた際何れも出漁中で、原告及び原告の父に会はなかつたが、被告の父から、右の経緯をきき原告も離婚に同意したものと考えたこと。然しその数日後被告が原告方を訪れた際原告より婚姻を継続する様望まれるや、被告も原告との婚姻を継続しようと考え爾来昭和三十年一月三日頃までの間漁に出ない日等には原告方に赳いて原告と夫婦としての関係を継続していたこと、
然るに其の間被告は原告との婚姻を継続することにしたことを、その家族に打明けていなかつたので、父から離婚届を出すように言はれてもこれを拒絶することもせず、却つてその家族に対する体裁をつくろう意味で兄正平に依頼して甲第一号証離婚届書を作成させ、これを昭和二十九年十一月五日、尻岸内村長宛提出して原告との離婚届をしてしまつた。然しながら離婚届をしたことは原告に秘していた。そうする裡に被告が原告方で原告と夫婦関係を継続していることが被告の父に知れたことを知つた被告は、このまま原告方で同様の生活を続けることは被告の家族との関係上できないと考え思案の末稚内市の被告の叔父に、同地で原告と共に生活するための適当な職と住居とを探がしてほしい旨依頼したが、同人からその困難な旨の通知を受けるや、ここに被告は原告の現在の健康状態では婚姻を継続してもやがて将来夫である被告にとつても苦労が多いであろうと考え、再び原告と離婚しようと考えるに至り離婚について原告の同意を得られないまま昭和三十一年一月三日頃原告方を立ち去り、更に同月十九日頃、原告に対しては何等の通知もせずに肩書住所に赳き引続いて同所に居住稼働していながら爾来原告に対して、音信及び生活費の送付等を全くしないで現在に至つたものであることが認められる。
右認定に反する、被告本人の「離婚届を出したことはその頃その事情を打明けて原告に話してある」「昭和三十一年一月三日頃原告方を立去る際には原被告間に離婚の合意が成立していた」旨の各供述は原告本人及び証人柳本秀之助の「離婚届の出されていることは昭和三十年になつて戸籍謄本をとつてみて初めて知つた」旨の「被告は稚内え行つて家を探し見付かつたら原告を呼び寄せるからそれまで原告を預つてほしいと言つていたのでこれを信じていた」「被告が昭和三十年一月三日頃原告方を立去つた翌日より、被告の使者が三回原告方に被告の物品を引取りに来たが、被告が直接来るようにといつて渡さなかつたところ、約一週間後被告が取りに来た」旨の原告本人の「被告が昭和三十年元日に来て二泊し三日の昼頃帰つたがその時も夫婦の肉体関係を結んだ」旨の各供述に照して何れも措信し難く他に前記認定を妨げるに足る証拠はない」。
二、原告の協議離婚無効の確認を求める請求について
そこで先ず原被告間の協議離婚の無効であることの確認を求める原告の請求について考えるに被告訴訟代理人は原被告間の協議離婚届出のため昭和二十九年十一月五日付で北海道亀田郡尻岸内村長に提出された甲第一号証離婚届書中の妻の欄の署名押印は原告の同意を得て、被告の兄山内正平が原告に代つて記名し、有合せ印を押印したものであると主張するが被告兄正平が、原告に代つて記名押印するについて原告の同意を得たことを認めるに足る証拠はなく、又他に原告に被告の協議離婚の届出をなす意思があり、これに基いて甲第一号証が作成されたことを認めるに足る証拠もない。従つて甲第一号証離婚届書は原告の意思に基いて作成されたものとは認められずかかる届書によつてなされた原告と被告との協議離婚届は無効といはなければならない。従つて原被告間の協議離婚の無効であることの確認を求める原告の請求は理由がある。
三、原告の離婚を求める請求について、
次に原告の被告との離婚を求める請求について考えるに前記認定の事実によれば原告訴訟代理人主張の如く被告は昭和二十九年十月半頃より、昭和三十年一月三日頃まで原告方において、原告と夫婦関係を継続していた間を通じて原告と離婚する意思でありながら、これを秘して原告の貞操を弄んだものとは認められないが、被告は原告の病弱を理由として再度被告と離婚しようと考えながら、離婚について原告の同意を得ないまま昭和三十年一月原告方を立去り間もなくその肩書現住所に赴き引続き同所に居住して稼働していながら爾来一年半以上に亘つて原告に対して音信、生活費の送付等をせずその居所をも明にしないで、夫としての協力扶助の義務を全く履行しなかつたものであるから悪意で原告を遺棄したものであることが認められる。従つて被告との離婚を求める原告の請求は理由がある。
四、原告の慰藉料の支払を求める請求について
つぎに被告に対して金十五万円の慰藉料の支払を求める原告の請求について考えるに、右のごとく被告は悪意で原告を遺棄したものであるから、これによつて原告の蒙つた精神的苦痛に対する損害賠償として被告は原告に対して慰藉料を支払うべき義務があるものといわなければならないところであつて、進んでその額について検討することとする。
まず、原被告間の婚姻以来の経緯は前記(一)に認定したとおりであつて、これに徴すれば、被告は夫としての責任の自覚に欠け、原告との離婚の意思も原告の病弱を理由として原被告を離婚させようとの被告の父の意思に主として動かされたものであり、なかんずく家族に対する体裁をつくろうためとはいえ、原告との離婚届をしながらこれを秘してなお原告との夫婦関係を継続するに至つては信愛を基礎とする夫婦間の倫理感に著しく背反するものであつてかような経緯のもとに前記認定のごとくついに原告を悪意で遺棄するに至つたことは、たとえ原告を裏切りその貞操を弄んだとまではいえないにしても、その結果においてこれとえらぶところはないものといわなければならない。しかも本件全証拠に照しても被告において原告により離婚についての同意を得るため相当の手段を尽したことを窺うに足りる証拠はなんら認められないのである。他方において、原告にはやや病弱であつたことのほか、妻として特段の欠陥があつたことは認められないし、原告は初婚であつて、現在すでに二十九歳に達していること、原被告間には子供がなかつたこと、および原告は現在一応健康で工員として働いていることは、公文書であつて真正に成立したことの認められる甲第三号証の一原告本人尋問の結果により認めうるところであつて、以上掲記した諸般の事情および被告の資産状態(公文書であつて真正に成立したことの認められる甲第四号証の二ないし九によれば右各証記載の不動産は現在被告の兄山内正平の所有名義となつているが、同人は被告より昭和二十九年十二月二十三日贈与によつてその所有権を取得し、かつその登記は原告より本件訴の提起後である昭和三十一年一月十二日になされたものである旨の右各証の記載と、右所有権移転をなすに至つた事情に関する被告本人の供述とを綜合すれば、右各証記載の不動産は現在その所有名義に拘らずなお被告の所有に属するものと認めるのが相当であり、また公文書であつて真正に成立したことの認められる甲第四号証の一によつて同証記載の畑地が被告の所有であることを認めるに足りる。)を考え合せれば、右の慰藉料の額は金八万円を相当と認める。従つて原告の被告に対して慰藉料の支払を求める請求は八万円の限度において理由がある。
よつて、原告の請求中慰藉料の支払についてその八万円を超える部分以外は理由があるのでこれを認容し、右八万円を超える部分は理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場励 井口源一郎 寺井忠)